INK

魚達の楽園までには

2026年3月16日

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

夜ってこんなに長かったっけ?

毎日眠れなくて困っちゃうよ

この変な病院のせい

夜、部屋が青くなって綺麗だからさ。海の底みたい。

窓の外に白い森があるでしょ

雨の夜にだけ淡く光るの

コトノハシロミズキっていうんだって

あの子に一度だけ連れてって貰ったの

とっても綺麗だった。

でも、あっさりバレて私達先生にすごく叱られたの

先生怒ったら何言ってんのか、わかんないからさ

もうずっと可笑しかったなー。

今もお見舞いに来てくれるの

でもね、帰っちゃうと

何を話したか曖昧になるの

声を、最初に忘れるんだって

次は顔

最後に思い出

こんな青い夜に溺れて、水底まで落ちていったら

指先からだんだん溶けて欠片になるのかな?

細かくなった私という身体を魚達が食べていって

ここはまずい、これは美味しいって

魚達に選り好みされちゃってさ。

やがて何もかも忘れた頃

まずい欠片だった私は魚の形に編み直されて

白い森の奥、あの楽園まで

きっと泳いでいけると思うんだ

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

∇詩集「白き森」より

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

コトノハシロミズキ(言葉白瑞木)

Cornus verborum alba

ミズキ科シロミズキ属

雨滴との接触により淡く発光する落葉低木

「白き森」と呼ばれる特定地域にのみ群生を確認

発光色は淡い白から青白。降雨時のみ観察可能

古くより「忘却樹」とも呼ばれる。

忘れられた記憶が根から吸い上げられ、

雨夜に光となって還るという伝承がある。

長期療養施設の患者間で口伝されるが、

医療従事者への言及は避けられる傾向にある。

────────────────────

杜野, 巴 (2026)

「忘却の植物誌」白き森療養所紀要, 3, 12-18

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━