ホルベルグ賞、EJAtlas、モザンビーク
2026年9月12日およそ5分
ある学者の考え方と、一枚の世界地図から見えたこと
学問の世界に、ひとつだけ空いていた席
ノーベル賞に文学賞はあります。でもあれは小説や詩の賞で、歴史学や哲学の賞ではありません。つまり人文系の学問には、ノーベル賞がない。
その空席を埋めるため、2003年にノルウェー議会がホルベルグ賞1を作りました。人文学・社会科学・法学・神学から、毎年ひとりだけ。賞金は600万ノルウェークローネ(日本円でおよそ9,000万円)です。
2023年に選ばれたのは、この人でした2。

ジョアン・マルティネス=アリエ
経済学者。スペイン・カタルーニャ生まれ。バルセロナ自治大学名誉教授。2023年ホルベルグ賞
Txolo / CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
この人が考えたこと
会社が「今年は1億円の売上でした」と言うとき、その数字に出てこないものがあります。どれだけ土を掘ったか。どれだけ廃棄物が出たか。だれの家がなくなったか。
彼は、経済をお金ではなく物質とエネルギーの出入りで測るべきだと言いました。生き物の新陳代謝と同じように、社会にも入口と出口がある。そう見たとき、入口(掘る場所)と出口(捨てる場所)は、ほぼ例外なく、貧しい地域や先住民の土地に寄る。便利さを使う人と、その代償を払う人が、別の場所に住んでいます。
だから話もかみ合いません。会社は「立ち退いてください、補償します」と言い、住民は「ここは祖先の土地だ」と言う。彼はこれを価値の言語の対立と呼びました。お金と、土地への帰属。くらべる物差しがないのです。
そして彼は、理論で終わらせませんでした。仲間と2012年、世界中の環境をめぐる争いを地図の上に集めるEJAtlas(環境正義アトラス)3を作ります。
地図から、ひとつ開いてみる
ここからは、その地図を実際に使ってみた話です。
入口は三つあります。国(案件のある場所)、資源、会社の名前。どれかで絞ると点が残り、点を開くと一件分の記録が出てきます。反対している人たち、経緯、そして事業に関わる会社の名前。日本が関わっているかどうかは、開いてみて初めて分かります。
資源の欄から「ガス」をたどり、いくつか開いていったとき、アフリカ南部の一件で、見慣れた名前が並んでいました4。
モザンビークの北の海辺です。沖の海底から世界有数の天然ガス田が見つかり、アフンギという土地に液化工場が建てられています。
掘っている人たち
権益(掘る権利の持ち分)はこう分かれています5。
- トタルエナジーズ(フランス)… 26.5% ※現場の責任者
- 三井物産(日本)… 20%
- ENH(モザンビーク国営)… 15%
- ONGCヴィデシュ/ビアス・ロブマ/BPRL(インド)… 各10%
- PTTEP(タイ国営)… 8.5%
三井物産は2番目の持ち主です。しかもその20%を持つ会社の出資者は、三井物産が50.1%、残る49.9%はJOGMECという国の機関(独立行政法人)。権益のおよそ1割が、日本の税金の側に紐づいています。
お金を出している人たち
総事業費は約200億ドル、うち約144億ドルが融資です。
- JBIC(国際協力銀行/政府系)… 事業に30億ドル、さらに三井物産向けに5億3,600万ドルを限度に融資6
- NEXI(日本貿易保険/政府系)… 日本の銀行の融資20億ドル分に保険7
- 三井住友銀行・三菱UFJ銀行・みずほ銀行… 融資団に参加
生産は年に約1,300万トンの計画で、そのうちおよそ3分の1、400万トン超を日本企業が買う契約が済んでいます。東京ガス、JERA、東北電力です5。
日本は、少し関わっている程度ではありません。
その土地で起きたこと
2017年10月
武装勢力が襲撃を始める。以後の死者は6,000人超、避難した人は130万人8
2019年から
工場の用地のため住民の立ち退き。8つ以上の集落が対象になる9
2021年3月24日
工場の隣町パルマが襲撃される。死者・行方不明1,193人、誘拐209人10
2021年4月
トタルエナジーズが「不可抗力」を宣言し、人員を退避させ工事を止める
2021年7〜9月
逃げてきた住民を政府軍がコンテナに拘束したと報じられる。生存は推定26人11
2023年10月
パルマの遺族と生存者が、フランスで同社を過失致死の疑いで告訴12
2025年11月
人権団体ECCHRらが、フランスで戦争犯罪への加担を理由に刑事告発13
2026年1月29日
事業の全面再開を発表。最初の出荷は2029年の見込み14
2026年6月
日本の5機関についてOECDの日本窓口へ申し立て15
立ち退きについては、話し合いの場に兵士が同席していた、契約書が住民に読めないポルトガル語だった、漁で暮らす人が海から遠い場所へ移された——といった点が指摘されています9。国際的な基準では、こうした立ち退きには住民の自由な意思による、事前の、十分な情報にもとづく同意(FPIC)が要ります。
年表の中で、二つだけ性質の違う数字があります。パルマの1,193人は公式発表ではなく、ジャーナリストが現地の1万3,600世帯を訪ね、一軒ずつ数えた推計です。公式の数字は、いまも出ていません。コンテナの件は報道であって、確定した事実ではありません。
トタルエナジーズはこの報道を全面的に否定しています16。柱は時期です。同社の要員は2021年4月初めに全員退避しており、7月以降その場にいなかった、当時こうした行為を知る情報はなかった、という立場。同社は2024年11月に当局へ調査を要請し、2025年3月に検察が捜査に入りました17。
つまりこの件は、まだ決着していません。
なお、OECDの窓口(NCP)には FoE Japan も、三井物産とJOGMECについて申し立てています18。この窓口に申し立てられるのは企業や団体だけではありません。利害関係があれば個人でも出せます19。
もう一度、台所の火に
マルティネス=アリエが言っていたのは、こういうことでした。
掘る場所と捨てる場所は、力の弱い人の土地に寄る。使う人と、犠牲になる人は、別の場所に住んでいる。
日本の台所でガスの火をつけたとき、その火の出どころは、ここにつながっています。
出典と注
- 1ホルベルグ賞 受賞者ページ https://holbergprize.org/en/holberg-prize/prize-winners/joan-martinez-alier ↩ 本文
- 2ホルベルグ賞「2023年受賞者発表」 https://holbergprize.org/en/news/holberg-prize/environmental-justice-scholar-joan-martinez-alier-named-2023-holberg-laureate ↩ 本文
- 3EJAtlas(環境正義アトラス) https://ejatlas.org/ ↩ 本文
- 4EJAtlas「カーボデルガードのガス開発と住民」 https://ejatlas.org/conflict/cabo-delgado-communites-impacted-by-gas-exploration-projects ↩ 本文
- 5JOGMEC「モザンビークLNGプロジェクトの最終投資決断」(出資比率と日本向け引取量) https://www.jogmec.go.jp/news/release/release_00910.html ↩ 本文
- 6JBIC「モザンビークLNGプロジェクトに対するプロジェクトファイナンス」 https://www.jbic.go.jp/ja/information/press/press-2020/0716-013514.html ↩ 本文
- 7NEXI「モザンビークLNGプロジェクト(融資保険の引受)」 https://www.nexi.go.jp/topics/newsrelease/2020063002.html ↩ 本文
- 8ACLED「パルマ襲撃の死者数推計の更新」 https://acleddata.com/update-log/9-april-2024-update-new-fatality-estimate-2021-attack-palma-mozambique ↩ 本文
- 9FoE Japan「モザンビークLNGとは?」 https://foejapan.org/issue/20240827/20016/ ↩ 本文
- 10Zitamar「パルマ襲撃の死者1,190人超(独自調査)」 https://www.zitamar.com/over-1-190-killed-in-2021-palma-massacre-new-survey-finds/ ↩ 本文
- 11Business & Human Rights Resource Centre(Politico報道のまとめ) https://www.business-humanrights.org/en/latest-news/report-alleges-mozambican-soldiers-operating-out-of-totalenergies-natural-gas-plant-abducted-raped-and-killed-dozens-of-civilians-seeking-protection-during-isis-insurgency/ ↩ 本文
- 12Africanews「パルマ襲撃で過失致死の告訴」 https://www.africanews.com/2023/10/10/mozambique-total-accused-of-involuntary-manslaughter-over-palma-2021-attack/ ↩ 本文
- 13ECCHR「戦争犯罪加担でトタルエナジーズを刑事告発」 https://www.ecchr.eu/en/press-release/totalenergies-faces-criminal-complaint-for-complicity-in-war-crimes-torture-and-enforced-disappearance-in-mozambique/ ↩ 本文
- 14TotalEnergies「事業の全面再開」 https://totalenergies.com/news/press-releases/mozambique-lng-announces-full-restart-all-its-activities-onshore-and-offshore ↩ 本文
- 15SFOC「日本の銀行に対しOECDへの申立て」 https://forourclimate.org/ja/newsroom/1222 ↩ 本文
- 16TotalEnergies「Mozambique LNG: TotalEnergies' response」 https://totalenergies.com/news/press-releases/mozambique-lng-totalenergies-response ↩ 本文
- 17TotalEnergies「公式調査の開始を歓迎する」 https://totalenergies.com/news/mozambique-lng-totalenergies-welcomes-launch-official-investigations-mozambique ↩ 本文
- 18環境金融研究機構(FoE Japanの申立て報道) https://rief-jp.org/ct7/166678 ↩ 本文
- 19外務省「OECD多国籍企業行動指針 日本のNCP」 https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/csr/housin.html ↩ 本文
最終更新 2026年9月14日